企業の本質価値を見極めるには、財務三表の長期的な変化を踏まえつつ、資本効率を的確に捉えることが欠かせません。本稿では、ROIC(Return on Invested Capital)を軸に財務構造を分解し、その成果を理論株価へと結び付ける枠組みを整理します。
1. 財務三表に基づく基礎分析
まず、企業の収益・財務・キャッシュフローの状態を多面的に把握します。
● 長期推移の把握
貸借対照表(B/S)、損益計算書(P/L)、キャッシュフロー計算書(C/F)を10年程度の期間で確認し、収益性・財務安全性・資金繰りの継続性を評価します。
損益計算書では売上と費用構造から利益率の安定性を、キャッシュフローでは営業CF・投資CF・財務CFの3区分から経営フェーズ(投資期・成熟期など)を判断します。
● フリーキャッシュフロー(FCF)の位置付け
FCFは「営業CF+投資CF」で定義され、企業が事業から創出し得るキャッシュを示します。このFCFの水準と推移が、後述する事業価値(DCF)の根幹となります。
2. ROICツリーによる資本効率の分析
企業価値を左右する核心は「どれだけ効率よく資本を運用できているか」にあります。
その指標が ROIC(投下資本利益率) です。
● ROICの定義
ROIC = 税引後営業利益(NOPAT) ÷ 投下資本(有利子負債+株主資本)
10%以上を安定的に維持できる企業は一般に資本効率の高い企業とされます。
● ROICツリーによる分解
ROICをその構成要素に分解することで、効率性が改善した理由・悪化した理由を明確にできます。
- 収益性(営業利益率)
- 資産回転率(売上高/投下資本)
- 投下資本構造(有利子負債と自己資本の比率)
これらの分解ツリーにより、どの財務項目がROICを押し上げ、どの項目が毀損しているのかが可視化されます。
このROIC分析は、後述する割引率(WACC)との比較で企業の価値創造力を評価する際にも重要です。
3. 理論株価の算出(DCFによる事業価値評価)
ROICツリーで事業の効率性を把握したうえで、理論株価(公正価値)を計算します。
● ① 事業価値(Enterprise Value)の計算
将来のフリーキャッシュフローを数年分予測し、WACC(加重平均資本コスト)で割り引くことで現在価値を求めます。
さらに、予測期間以降の価値を**ターミナルバリュー(継続価値)**として加算します。
これがDCF法(Discounted Cash Flow法)の基本構造です。
● ② 株主価値の導出
事業価値 + 財産価値(余剰資産など) - 有利子負債
= 株主価値
これを発行済み株式数で割ることで、1株あたりの理論株価を算出します。
● ③ 市場株価との比較
理論株価 > 市場株価 → 割安
理論株価 < 市場株価 → 割高
という判断が可能になります。
4. マーケット倍率による補完評価
DCFによる内在価値評価に加え、市場の評価を反映した倍率指標も用いると、よりバランスの取れた判断ができます。主要指標は次の4つです。
| 指標 | 意義・定義 |
|---|---|
| EV/EBIT | 企業価値(EV)をEBITで割ったもの。企業が事業資本からどれだけ利益を生むかに着目。一般に8~10倍未満は割安の目安。 |
| PER | 株価収益率。株価が利益の何年分を織り込んでいるかを示す。15倍以下は割安とされることが多い。 |
| PCFR | キャッシュフロー倍率。時価総額 ÷ 営業CF。利益だけでなく現金創出力で企業を見る補助指標。 |
| PBR | 純資産倍率。1.0倍未満なら簿価資産より市場評価が低く割安とされることが多い。 |
5. ROICと理論株価を結びつける実務的フレーム
ROICツリーにより「事業の質」を明らかにし、
DCFにより「事業の価値(金額)」を算出し、
マーケット倍率で「市場がどう評価しているか」を補正する。
この3段階の組み合わせにより、企業の内在価値と市場評価のギャップを精度高く把握できます。
■ ROICツリー(テキスト分解図)
┌───────────────────────────────┐
│ ROIC │
│ (投下資本利益率) │
└──────────────┬──────────────┘
│
┌─────────────────────┴─────────────────────┐
│ │
● 1. 収益性(NOPATマージン) ● 2. 資本回転率(Invested Capital Turnover)
(税引後営業利益率) (投下資本回転率)
│ │
┌───────────┴───────────┐ ┌───────────┴────────────┐
│ │ │ │
営業利益率(EBIT Margin) 実効税率(Tax Rate) 売上高(Revenue) 投下資本(Invested Capital)
│ │ │ │
│ │ ┌────────┴─────────┐ ┌───────────────┴────────────────┐
│ │ │ │
┌─────┴─────┐ ┌─────────┴─────────┐ 運転資本(Working Capital) 固定資産(Fixed Assets)
│ │ │ │ (Net Working Capital) (Net PPE / Long-term Assets)
売上総利益率 販管費率 税効果の最終調整 売上債権 仕入債務 有形固定資産 無形資産
(Gross Margin) (SG&A Ratio) (NOPAT化) ──────────┐ ──────────┐ ──────────────┐ ────────────┐
│ │ │ │
棚卸資産(Inventory) 他流動資産 有形固定資産 のれん・無形資産
(Net PPE) (Intangibles)
■ 図のポイント(実務向け)
● ROICの基本式
ROIC = NOPAT(税引後営業利益) ÷ Invested Capital(投下資本)
● ROICを「利益率 × 回転率」に分解
ROIC = (NOPAT / Revenue) × (Revenue / Invested Capital)
= 収益性 × 資本回転率
● さらに財務項目に落とし込む
- 収益性(NOPATマージン)
- Gross Margin
- SG&A Ratio
- その他営業費用
- Tax Rate の調整を入れて NOPAT を導出
- 投下資本回転率
- 運転資本の増減(売掛金・在庫・買掛金)
- 固定資産の増減(設備投資 → 減価償却)
- のれん・無形資産の積み上がり(M&A)
● ROIC改善の具体的施策が読み取れる構造
- 粗利益率の改善か
- 販管費の削減か
- 税率の改善か
- 売掛金・在庫の改善か
- 設備投資効率の改善か
どこが効いてROICが動いているのかが一目で判断できます。