名著の手法研究|一目均衡表の研究‐第1章

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一目均衡表は、単なるテクニカル分析ではなく、「相場の主体は時間にあり、価格は結果として従って来るものである」という独自の哲学を根幹に据えた総合的な相場分析理論です。その体系は「時間論」を主軸に、「波動論」「水準論(値幅観測論)」の三大骨子によって構築されています。
グラフはローソク足に加え、「転換線」「基準線」「先行スパン1・2」「遅行スパン」という5本の補助線と、未来の支持・抵抗帯となる「雲」で構成されます。これらの指標は、相場の均衡状態を多角的に示唆します。
分析の基本は、短期的な転換線が中期的な基準線を上抜く「好転」や下抜く「逆転」にありますが、最も重要なのは「基準線の方向が相場の方向である」という原則です。本格的な上昇には、基準線自体が上向きに転じることが不可欠な条件となります。また、当日の終値を26日前に描く「遅行スパン」は過去との価格比較を可能にし、その好転・逆転は強力な売買シグナルとされます。
これらの個別のシグナルに加え、株価と雲の位置関係、遅行スパンと雲の関係などを複合的に見る必要があります 。一目均衡表は、すべての要素を総合的に判断して初めてその真価が発揮される奥深い分析手法なのです。

目次

はじめに:一目均衡表の哲学と体系

一目均衡表は、故・一目山人(本名:細田悟一)翁が編み出した、単なるテクニカル分析手法にとどまらない、一つの相場哲学を構成する総合的かつ体系的な分析理論です。他の多くの分析手法が価格の変動そのものに主眼を置くのに対し、一目均衡表は**「相場の主体は時間にあり、価格は結果として従って来るものである」という大命題を骨子としています。つまり、「いつ目標値が達成されるのか」という時間論を中心**に据えている点が最大の特徴であり、これは米国のギャン理論を除いて他に類を見ない、世界でも有数の優れた分析手法と言えるでしょう。

この時間論を主軸としながら、**「波動論」「水準論(値幅観測論)」**という三つの大きな柱で理論体系が構築されています。これらは精密な論理学、解析学に基づいており、相場を多角的に捉えることを可能にします。しかし、その論理体系は極めて膨大であり、基礎を習得するだけでも相当な努力を要するとされています。一目山人翁自身、「均衡表の研究者は1985年時点で約1万人強いるが、そのうち縦横に認識できるレベルに達した人は10名程度」と述べているほど、その世界は奥深いものです。

一目均衡表のグラフは、ローソク足に加えて数本の折れ線グラフが描かれただけのシンプルなチャートに見えますが、その真価は読み手の認識力に委ねられています。グラフを活かすも殺すも、分析者自身の理解度と洞察力次第であり、だからこそ本書『一目均衡表の研究』は、その深遠な世界への入り口として、基礎から丁寧に解説を進めていくのです。本章では、まずこの一目均衡表の世界観を概観し、その基本となるグラフの作図方法、そして三大骨子のうち「波動論」と「値幅観測論」のさわり、さらにグラフを構成する各線の基本的な意味合いについて解説します。

第1講・第2講:一目均衡表の作図 ― 均衡状態を可視化する

一目均衡表を理解する第一歩は、その基本となるグラフの作成方法を知ることから始まります。一目均衡表グラフは、陰陽ローソク足と、同時に記入される5本の折れ線グラフから構成されています。これらの線はそれぞれ独自の計算方法に基づいて描かれ、相場の均衡状態を多角的に示唆します。

5本の線の定義と計算方法

5本の折れ線グラフは、それぞれ「①転換線」「②基準線」「③先行スパン1」「④先行スパン2」「⑤遅行スパン」と呼ばれます。これらの計算方法は極めて単純であり、「簡単明瞭をもって最良とすべし」という一目均衡表の哲学を体現しています。

1. ① 転換線

    ◦ 定義: 当日を含む過去9日間の最高値と最安値の中間値(仲値)を結んだ線です。

    ◦ 計算式(過去9日間の最高値 + 過去9日間の最安値) ÷ 2

    ◦ 短期的な相場の方向性や勢いを示します。

2. ② 基準線

    ◦ 定義: 当日を含む過去26日間の最高値と最安値の中間値(仲値)を結んだ線です。

    ◦ 計算式(過去26日間の最高値 + 26日間の最安値) ÷ 2

    ◦ 中期的な相場の中心線であり、相場の方向性を判断する上で非常に重要な役割を果たします。

3. ③ 先行スパン1

    ◦ 定義: 当日の転換値と基準値の中間値を、当日を含めて26日先の未来の位置に記入して結んだ線です。

    ◦ 計算式(当日の転換値 + 当日の基準値) ÷ 2

    ◦ 未来の相場の抵抗や支持の水準を予測するために用いられます。

4. ④ 先行スパン2

    ◦ 定義: 当日を含む過去52日間の最高値と最安値の中間値を、当日を含めて26日先の未来の位置に記入して結んだ線です。

    ◦ 計算式(過去52日間の最高値 + 52日間の最安値) ÷ 2

    ◦ 先行スパン1と共に、未来の抵抗帯・支持帯を形成します。

5. ⑤ 遅行スパン

    ◦ 定義: 当日の終値を、当日を含めて26日前の過去の位置に記入して結んだ線です。

    ◦ 計算式当日の終値 を26日前にプロット。

    ◦ その本質は、26日前の価格と現在の価格を常に比較することにあります。

抵抗帯(帯・雲)

先行スパン1と先行スパン2に挟まれた領域は**「抵抗帯」と呼ばれ、通称「帯」または「雲」**として知られています。この抵抗帯は、株価(実線)がその領域を通過する際に、**支持(サポート)**となったり、**抵抗(レジスタンス)**となったりして、株価の動きに大きな影響を及ぼします。株価が雲の上にあれば強気相場、下にあれば弱気相場と大局的に判断する際の重要な指標となります。

作図の実践

これらの線の作図は、日々のデータに基づいて手計算でも行うことができます。例えば、1992年9月1日の日経平均を例にとると、以下のように計算されます。

• 転換線: 9月1日を含む過去9日間の最高値(8/28の18,168円)と最安値(8/20の14,677円)から、(18,168 + 14,677) ÷ 2 = 16,423円と計算し、9月1日の位置にプロットします。

• 基準線: 9月1日を含む過去26日間の最高値(8/28の18,168円)と最安値(8/19の14,194円)から、(18,168 + 14,194) ÷ 2 = 16,181円と計算し、9月1日の位置にプロットします。

• 先行スパン1: 上記で計算した転換値と基準値から、(16,423 + 16,181) ÷ 2 = 16,302円と計算し、26日先の10月8日の位置にプロットします。

• 先行スパン2: 9月1日を含む過去52日間の最高値と最安値(この期間では基準線と同じ)から、(18,168 + 14,194) ÷ 2 = 16,181円と計算し、同じく10月8日の位置にプロットします。

• 遅行スパン: 9月1日の終値である17,740円を、26日前の7月28日の位置にプロットします。

このようにして各点を結ぶことで、5本の線が描かれます。自分で計算し、記入することが一目均衡表に慣れるための近道です。

第3講:波動論(抜粋) ― 相場のリズムを捉える

一目均衡表の三大骨子の一つである波動論は、相場のリズミカルな動きを非常にシンプルなパターンで捉えようとするものです。有名なエリオット波動原理とは異なり、均衡表の波動理論は**「簡単明瞭」**であることを旨としています。

波動論の基本パターン

波動は、その形状をアルファベットになぞらえた5つのパターンで説明されます。

1. I波動: 上げ、または下げの一本の動きで構成される最も基本的な波動です。

2. V波動: 上げ(下げ)の後の下げ(上げ)という、二つのI波動で形成される波動です。

3. N波動: 上げ→下げ→上げ、または下げ→上げ→下げ、という3つの動きで構成されます。相場の上げ下げは、最終的にこのN波動に集約されるとされ、基本三波動構成の典型例です。下降相場は、この下げN波動が繰り返し生じることで形成されます。

上記①~③は**「基本波動」**と呼ばれます。

4. Y波動(拡大波動): 高値が切り上がり、安値が切り下がっていく、上下の振幅が次第に拡大していく波動です。いずれ上下どちらかに放れるまでの中間的な動きとされます。

5. P波動(縮小波動): 高値が切り下がり、安値が切り上がっていく、上下の振幅が次第に縮小していく波動です。ある水準に収れんした後、次の方向へ転換します。

Y波動とP波動は**「中間波動」**とされ、10~15年といった大勢の波動としてはほとんど生じません。

波動論の根底にある思想

波動論の背景には、「相場の主体は時間であり、価格は結果」という思想と、「簡単明瞭が最良」という実践的な哲学があります。相場は需給の均衡が破れた方向に動く単純なものであり、その均衡関係を探るのが一目均衡表の各線の役割です。複雑な理論では相場の急変に対応できないため、即座に判断できるシンプルさが求められるのです。

また、一目山人翁は**「株価の現在性を知る」ことの重要性を説いています。これは、現在の株価そのものが持つ力、すなわち売り方と買い方のどちらが優勢か**を把握することであり、これを知ることこそが最も重要であるとさえ言えます。

第4講:値幅観測論(抜粋) ― 未来の価格を予測する

値幅観測論は、時間論、波動論と並ぶ三大骨子の一つで、将来の目標価格を予測するための具体的な計算手法(予測計算値)を提示します。この手法は極めてシンプルでありながら切れ味が鋭いため、絶対視しがちですが、あくまで時間論と波動論を踏まえた上での認識であることが強調されています。

値幅観測の4つの基本計算値

値幅観測には、基本的に4つの計算方法があります。

1. V計算値

    ◦ 考え方: ある高値(B)から安値(C)への「押し」があった後、その押し幅と同じだけ高値(B)から上昇する「倍返し」の水準を求めるものです。

    ◦ 計算式目標値 V = B + (B - C)

2. N計算値

    ◦ 考え方: 最初の上昇波(A→B)と同じ値幅が、押し目底(C)から再び上昇すると考える方法です。N波動における目標値算出の基本となります。

    ◦ 計算式目標値 N = C + (B - A)

3. E計算値(二層倍)

    ◦ 考え方: 最初の上昇波(A→B)の値幅を、その高値(B)にさらに上乗せ(加算)する考え方です。初波動を地質学的な「層」とみなし、その上にもう一つの「層」を重ねるような動きをイメージしたもので、「二層倍」とも呼ばれます。

    ◦ 計算式目標値 E = B + (B - A)

4. NT計算値

    ◦ 考え方: 底値が切り上がっている場合(A→C)、その切り上がり幅(C-A)を、直近の底値(C)に加算する方法です。V、N、E計算値では目標値が大きすぎたり小さすぎたりする場合に、ごく稀に出現します。

    ◦ 計算式目標値 NT = C + (C - A)

これらの計算式が示すように、相場の変動の本質は極めてシンプルであり、現実の高値・安値の多くはV、N、E計算値のいずれかに該当するとされています。

第5講・第6講:転換線と基準線 ― 相場の強弱を読む基本

5本の線のうち、特に転換線基準線の関係は、短期的な相場の強弱を判断する上で基本となる重要なツールです。この2本の線の関係性のみを指して、狭義の「均衡表」と呼ぶこともあります。

「好転」と「逆転」

2本の線の交錯は、相場の転換点を示唆する重要なシグナルとなります。

• 好転: 短期線である転換線が、中期線である基準線を下から上へ突き抜けること。これは強気への転換を示唆する買いシグナルと解釈されます。

• 逆転転換線が基準線を上から下へ割り込むこと。これは弱気への転換を示唆する売りシグナルと解釈されます。

ただし、この「好転」「逆転」だけで売買を決定するのは早計です。これらはあくまで広義の一目均衡表を構成する一つの指標であり、遅行スパンや時間関係など、他の要素と合わせて総合的に判断する必要があります。

実線との位置関係から読む解釈

実際のチャート分析では、「好転」「逆転」に加えて、実線(ローソク足)とこれら2本の線の位置関係が重要になります。

• 弱気相場(ベア)の確認: 「逆転」後、実線が反発しても基準線に頭を押さえられ、それを超えられない状態が続く場合、本格的な弱気相場であることが確認できます。

• 買い転換の段階的判断:

    1. 打診買い: 実線が基準線を上回り、さらに転換線も突破して「好転」が確認された局面。

    2. 追撃買い: さらに実線が抵抗帯(雲)を上抜けし、かつ遅行スパンも好転するなど、複数の強気シグナルが重なった局面。

このように、単一のシグナルで判断するのではなく、複数の証拠を積み重ねていくことが、一目均衡表の正しい使い方です。

第7講:基準線の方向と抵抗帯 ― 中期トレンドと障壁

基準線の方向性の重要性

均衡表を構成する要素の中で、基準線の示す方向は相場の方向性を判断する上で極めて重要な役割を果たします。**「基準線の方向が相場の方向である」**と言えるほどです。

• 基準線が横ばいや下向きの状態での株価の反発は、一時的なものに終わりやすい傾向があります。

• 本格的な上昇相場となるには、実線が基準線の上位に位置した状態で、基準線自体が上向きに転じることが重要な条件となります。基準線が上昇に転じても、実線がその下にあるようでは、その上昇も無に帰すことになります。

抵抗帯(帯・雲)の役割

未来の価格帯に描かれる抵抗帯(雲)は、株価の行く手を阻む「抵抗」として、あるいは下落を防ぐ「支持」として機能します。

• 抵抗として: 株価が上昇してきた際、雲の下限や上限が抵抗線となり、上昇が阻まれることがあります。特に、雲が厚い場合は強い抵抗帯となります。

• 支持として: 株価が下落してきた際、雲の上限や下限が支持線となり、下落が止まることがあります。

• 雲の突破: 株価が雲を明確に上抜けると強い買いシグナル、下抜けると強い売りシグナルとなります。一度突破されると、その雲は逆の役割(抵抗帯→支持帯、支持帯→抵抗帯)に転じることが多いです。

これらの意味を知るか知らないかでは、相場判断において天と地ほどの違いが生じます。

第8講:遅行スパンと実線、先行スパン ― 時間を超えた比較

遅行スパンは、現在の価格水準を過去と比較するためのユニークな指標です。当日の終値を26日前にずらしてプロットすることで、現在の買い方と26日前の買い方のどちらが優勢かを視覚的に判断することができます。

遅行スパンの「好転」と「逆転」

• 好転遅行スパンが、26日前の実線(ローソク足)を下から上に突き抜けること。これは現在の価格が26日前の価格を上回ったことを意味し、買い方が優勢になったことを示す強い買いシグナルです。

• 逆転遅行スパンが、26日前の実線を上から下に割り込むこと。これは現在の価格が26日前の価格を下回ったことを意味し、売り方が優勢になったことを示す強い売りシグナルです。

遅行スパンと他の指標との総合判断

遅行スパンは、実線だけでなく先行スパン(雲)との関係も重要です。

• 遅行スパンと先行スパン: たとえ実線が雲を突破しても、遅行スパンが雲に阻まれて上昇できない場合、その上昇は長続きせず、天井となるケースが多く見られます。

• 遅行スパンと実線(未来の抵抗): 遅行スパンが上昇していく過程で、その先にある26日前の実線が抵抗となり、上昇が止められることもあります。

このように、遅行スパンと他の指標との関係を複合的に分析することで、より精度の高い相場分析が可能になります。一目均衡表は、これらの様々な指標が織りなす情報のすべてを総合的に判断して初めて、その真価を発揮するのです。

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